星詠亭奇談第二部
Second Stories

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1.それぞれの「絆のかたち」
                                       1

 「あなたに、力を貸して差し上げましょう」
 アーミテイツの騎士であるザインに男はそう語りかけてきた。宵闇を紡いだかのよう
な黒のローブを纏った不気味な男が。だが、ザインの感覚は一瞬前まで男がそこには居
なかったことを示していた。
 「錬金術師か・・・」ザインは苦々しげに呟くと、背後の男に向き直った。「ルーン
の走狗に助けてもらう事なんてないね」そのまますらりと腰のものを抜き放つ。
 「まあ、そういわずに。私は単にあなたに売り物を持ってきただけですよ。ああ、申
し遅れました。私はアト・フェムトと申します」フェムトと名乗った男はザインの剣を
おそれる様子もなく深々と頭を下げた。
 「それで、ぼくにウェイナーが何のようだ・・」ザインの剣はぴたりと相手に向けて
据えられている。騎士の速度を持ってすれば次の瞬間に男を叩ききることも可能だ。だ
が、ザインはなぜか男の話に興味を覚えていた。それが、フェムトの術中にはまった事
とも知らずに。
 フェムトはゆっくりと懐から一本の鍵を取り出した。精緻な彫刻の施された銀色に鈍
く輝く鍵だ。
 「これは、シュシーキュイ(契約の鍵)の複製です」誇らしげに鍵を差し出す。
 「契約鍵の複製?それは不可能だよ」ザインはあからさまに失望した顔を作った。シ
ュスー(契約)すなわち騎神の起動時に必要となる個体識別法は個人そのものの情報を騎
神に入力して作成する。その絆はそれぞれに特有なもの。複製などありえない、という
のが騎士の常識であった。
 「いえいえ、これは違うのですよ。複製といってもただの複製ではありません。すで
に契約済みの騎神に使用するとその契約を解析してその鍵になりすますわけです。一度
しか使えませんが、ね。これが、どういう意味を持つかはおわかりでしょう?」
 「・・・騎神を乗っ取れる、というわけだ!」
 「そうです」フェムトは大げさに一礼した。「太古の武器をギュクサーン(蒸気機関)
により復活させた、巨大な最強の騎士、シスクン(騎神)。その力はたとえフュラー(騎士)
同士の戦闘でもたやすく戦況を返ることが出来ます。それどころかシスクンの格によっ
ては国家間の勢力図すらも変え得ます」
 ザインは無言で先を促した。その剣先はいつのまにか下げられている。
 「さて、ここでよい知らせです。ルーンは新型騎神を極秘裏に開発しました。もうす
ぐアーヴァルでお披露目があります。そして、あなたにはこの鍵がある」
 「・・・ぼくになにをさせたいんだ、錬金術師」ゆっくりと剣先が弧を描き始める。
「錬金術組合に属しているあなたが自国に不利な情報を流すはずがない。いったいなに
を考えているんだ」
 「いえいえ。私は単に必要な道具を必要な方のところに届けるだけ。敵味方を問わず
に、ね」
 「こたえろ、アト・フェムト!」
 「まあ初回ですし、今回はサービスと言うことでこのキュイ(鍵)は差し上げましょう。
いいですか、一回しか使用出来ませんからね。くれぐれも有効にお使い下さい。では、
さようなら」
 「待て!」ザインは消えようとするフェムトに向かって斬りかかった。だが、剣は届
く寸前で障壁に止められ、呆然とするザインを残してフェムトは消え去った。
 後にはただ、銀色の鍵だけが残されていた。

                                       *

 「んあ?」
 ガーディス・セブンスは道のはじでなにかがきらりと輝いたのに気がついた。
 「どうしたの、お姉さん?」
 一緒にくっついてきているカセルが立ち止まって振り返る。ちなみに、お姉さんとよ
ばれているものの、騎士であるガーディスの方が当然年下である。
 「いや、ちょっと、ね」
 ガーディスは拾い上げた銀色の鍵をしげしげと眺めた。
 「あ、ここに何か刻んであるよ・・・・でも、よめないなぁ」
 「どれどれ、おいらが読めるかも」
 ガーディスは鍵をカセルに渡した。騎士であるガーディスよりも、錬金術師であるカ
セルの法が確かに適任であろう。
 「ええと・・・<無垢なる契約>?なんだろう、これ。わからないなぁ」
 「ちょっと騎神の鍵に似てるよね」
 「あ、その下にも何か書いてある。<一度のみの万能鍵>だって、おねえさん」
 「それって、もしかして。一度だけならどの騎神でも動かせる、ということ?」
 ガーディスは期待を込めてカセルを見やった。
 「まあ、そういうことっすね」
 「じゃあじゃあ、もしかして、噂のルーンの新型も動かせるかな〜?」
 根っから楽しいことが好きな、彼女の目は希望に輝いている。
 「まあ・・・ここにかかれていることが本当なら、たぶん動かせるっすね。
 カセルはしばし考え込んだ。
 「理論的にこの手の物品は制作困難なはずだけれども、騎神との個体識別に使用され
ている暗号化さえ解ければその複製自体は困難なことではないし・・・確かにこの系統
のパターンは見たことのないパターンだし。もしかしたら・・・。でも、誰かが落とし
ていったにしてはやけに豪勢な落しものっすね」
 「まあまあ、いいじゃない〜」
 機嫌よくガーディスはカセルの肩を抱いた。
 「難しく考えないでさ。きっといっつも不幸なぼくたちに運命が微笑んでくれたんだ
よ。うん」
 「それを言うと・・・あまりに惨めな気が」
 ガーディスとカセル、実はとてつもなく運が悪い。お互いが相手こそ自分より不幸だ
と考えているが、実際は双方ともに損な性分なのかもしれない。二人は、今日もまた不
幸であった。この鍵を拾うまでは。
 「いいのいいの。ね、ルーンに行って見ようよ。新型の騎神って見てみたかったし、
運が良ければこれで動かすことだって出来るんでしょ」
 「まあおいらも見に行きたかった事は確かっすが・・・」
 「でしょ!、じゃあきまりっ!」
 ガーディスは一人納得すると、高々と鍵を差し上げた。
 「ルーンのアーヴァルへ、いざ、出発〜!」

                                       *

 「・・・鍵がない!」
 ザインがそれに気づいたのは、アーヴァルへの乗り合い馬車に乗り込んでからであっ
た。一応身元を隠すために多少の変装は行っている。もちろん、目的はアーヴァルの騎
神をあわよくば奪取することである。そうすればルーンに打撃を与えることのみならず、
それを本国に持ち帰ることでアーミテイツの戦力にも重要なプラスとなる。
 だがその野望も、アト・フェムトの銀の鍵がなければ単なる絵空事でしかなくなって
しまう。
 「まてよ・・・よく考えたらなにもわざわざ騎神だけを盗み出す必要はないわけだ・
・・。装備品や補充部品が一式詰まったキャリアごと盗み出した方が効果的だよね。う
ん」
 ザインは腕を組んで思案に耽った。用意周到な計画の立案は得意とするところである。
多少の不幸ではめげずに、それを幸運に昇華させる。それが信条であった。
 「確か、騎神は2騎がお披露目されるはず。だとしたら、たぶんおそらく二台の小さ
なディハヌー(台車)にわけて運搬するより、大型ディハヌーで一式移動した方が効率
的だよね・・・と、なると警備の騎士の数も並ではないはず。でも、それは爆薬と罠で
なんとかなるか・・・すると問題は・・・・」
 そうして、馬車がアーヴァルに着いた頃には、ザインの頭の中では周到な計画ができ
あがっていた。
 あとは、実行のために宿の中などで道具を作ったりすればいいだけである。
 ザインは、ほくそえんで宿を探しに出かけた。

                                       *

 大型の蒸気機関の咆吼が地を揺るがす。騎神を運ぶディハヌー、それも数騎同時に積
めるような超大型のディハヌーともなれば当然その使用する蒸気機関も一つとはいかず、
その複雑怪奇な操手系はほぼ騎神のものを流用しているために、その扱いも騎神と同じ
く騎士でもなければ扱えないものとなっている。
 その大型のディハヌーがゆっくりとアーヴァルの門をくぐり抜けた。警護に当たって
いる騎士の顔も緊張から解放されて心なし緩む。
 それを、隠れて見つめる目があった。それぞれの思惑を胸に秘めて、あるものは好奇
心を、あるものは打算で。
 そして、翌日。
 会場となった広場には多くの者が詰めかけていた。だが、その中に一般人の姿はごく
少ない。ほとんどの人間は今回のこの催しのために強制的に他の街に移されたのだ。い
ま、ここにいる通常人はのは魔術を持たない、ウェイナーではない普通の錬金術師か権
力者とその側近だけだ。残りはすべて騎士か錬金術師である。
 その中に、ガーディスとカセルの姿もあった。もちろん正規の入場ではなく、ちょっ
とした裏技を使ってルーンの関係者に見せかけて入場している。おとなしくしていれば
錬金術師達の張り巡らしている感知網にも引っかからないはずだ。
 「ねぇ・・・本当にだいじょぶなの〜?」
 「信じて下さいよ、お姉さん。ぼくの技術に間違いはありませんって」
 不安がるガーディスをカセルは小声でたしなめた。
 「それに、万が一ばれたとしても、危なくなったらこの特製バホクー(魔術道具)を使
えば大丈夫っすよ」
 カセルは懐からちらりと何かをのぞかせて見せた。
 「ま、まかせてくださいって」
 そうこうしているうちに、お披露目の儀が始まった。
 まずは退屈な開会の挨拶から各種著名者からのお祝いの言葉、そして再び長たらしい
挨拶のアトに荘厳なルーン国歌の演奏、そうして、やっと騎神の発表となる。
 だが、そのときになっても、騎神は姿を現さなかった。本当ならばディハヌーがここ
で登場して、そこから騎神のお披露目となるのが予定だったはずなのだが。
 と、不意に舞台の背後の方から派手な爆音が聞こえてきた。それも一つではなくいく
つも連続して。
 「行ってみよう!」
 「あ、おねえさん。まって」
 人混みの中宙に躍り出て駆け出したガーディスを追ってカセルもあわてて浮遊して後
を追った。すぐに舞台の裏にたどり着く。そこには巨大な爆発の後と倒れている幾人も
の騎士達、そしておそらくディハヌーにより無理矢理破られたのであろう破壊された壁
があった。
 「これは・・・!」
 「ディハヌーが、ない?」
 同じように駆けつけてきた騎士や錬金術師達も驚いている。
 混乱に紛れて、解放された騎士の言葉を聞くと、突然騎士が乱入してきたかとおもう
と爆弾をばらまき一気に点火、警護の騎士は不意打ちで全員やられてしまったという。
 「おねえさん、どうしまっすか?」
 「追おう!うまく行けば一騎くらいはこの鍵で奪えるかもしれないもん。それに、一
目も見ないで帰っちゃうなんて頭に来ちゃうじゃない、ぷんぷん」
 「たしかに、それはあまりにも不幸っすね・・・」
 それを聞いてガーディスは、ため息をつくと深々と瞑目した。
 「でも、どうやって追えばいいのかな〜?」
 「その前に」
 カセルは周りをぐるりと囲んだ騎士達に向けて言い放った。
 混乱のせいで二人の扮装がはげたらしく、錬金術師達の感知網にもろに引っかかって
いる。
 「状況をどうにかしないと、危なくって追っていけないっすね!」
 カセルは、懐からとっておきを取り出した。

                                       *

 ザインは上機嫌だった。
 不意打ちで警護の雑魚騎士は一掃できたし、周辺車両もついでに壊しておいたから、
そう簡単にはおいついてこれないだろう。錬金術師も目標がなければ転移してこれまい。
 このまま国境を突破して辺境の周縁沿いでフィーラを経由してアーミテイツに帰り着
けば、鍵の問題はさておき、貴重な騎神技術がアーミテイツのものとなるだろう。
 後は、このまま追いつかれないようにずっと寝ずにディハヌーを走らせておけばいい
ことだ。
 ザインの思考は早くも成功した後のことに飛んでいた。

                                       *

 「ぜいぜいぜいぜいぜいぜい・・・・」
 ガーディスは荒い息をついていた。側にカセルが平然とした顔で、多少心配そうでは
あるが、たたずんでいる。
 「ま、まさかこんなに大変なことだとは思わなかったよ。まったく!」
 「すまないっす。どれくらいのものなのかおいらにもわからなかったんで」
 ルーンの手勢を(相当むちゃくちゃではあったが)何とか退けた後、ガーディスはカ
セルの出した、背負い式の炎を吐いて飛ぶ怪しげな飛行道具でここまでやってきた。
 「でも、とにかく気づかれずに追いつけてよかったじゃないっすか」
 そう、なんとか盗み出されたディハヌーまで追いつき、今はその内部、騎神の格納庫
である。ちなみに、カセルはガーディスを目標に転移してきたため、ほとんど疲労して
いない。
 「と、とにかく」
 ガーディスはようやく整ってきた呼吸をさらに調整しながら立ち上がった。
 「さっさともらっちゃわない?新しい騎神」
 「そうっすね」
 目の前にある騎神は二騎。とりあえずガーディスは手前の騎神に搭乗した。
 「機構は・・・・基本的にはそんなにかわりませんね」
 後部の座席に座ったカセルが感想を漏らす。
 「でも、けっこういろいろ追加されているみたい。それよりも、とにかく、この鍵が
使えるかどうか、みてみよっ!」
 ガーディスは慎重に鍵を差し込んだ。普通よりかなり長い間の後、ふいに操縦席の全
周に外界の映像が映し出される。
 「・・・保護規定すべてクリア、主機関起動準備。ディハヌーより脱出と同時に転移
準備に入ります」
 「やった〜!え、転移なんて出来るの、この子!?」
 「大丈夫、錬金術師用操縦系統のついた、レーク・ザイム系列のこれならばできるは
ずっす。一応念のために各種武装起動準備、弾薬補給完了。主武装として標準装備の剣
を選択、自動操縦補正起動完了、操縦系統を双方向に選択、騎士、錬金術師共用に。・
・・蒸気圧力正常、月脈網への連動開始!」
 「えっと・・操縦設定を三番に変更、転移失敗の場合に備えて安全装置すべて解除!
カセル、すべてだいじょうぶだよ!」
 「では、いきまっすよ!」
 操縦系統の上に直接投影された映像を見て、カセルは一番もろそうな部分に魔術武装
の照準を合わせた。

                                       *

 突然操縦席内に爆音と振動が響いた。
 「なに!もう追いついたのか!馬鹿な!」
 ディハヌーより身を乗り出して後ろを見てみたが、追手らしき別のディハヌーは見つ
からない。そのかわりに現在ザインの乗っているディハヌーの横腹に大穴があき、そこ
からせっかく奪ってきた新型騎神が飛び降りている。
 「待て!」
 ザインは叫んだ。だが、その間に騎神は複雑な動きを示すと、忽然と転移して消えて
しまった。
 「ちっ!」
 急いで格納庫に行き、周囲を捜索する。だが、幸いにして他の怪しいものはいなかっ
た。渋々操縦席に戻ると、ディハヌーを再び発進させる。
 「まあ、もう一騎あるからね。一騎でもあれば、技術解明には十分だよ、うん」
 「ところが、そうではないんですね」
 ザインの独り言に声が答えた。
 「アト・フェムト!やはりぼくを陥れたな!」
 すらりと抜いた白刃をフェムトはまたもや無視して言った。
 「いえいえ。これは私の予想外の事態ですよ。私としてはぜひアーミテイツに新型の
騎神を持ち帰ってほしかったのですが・・・」
 「なんのことだ?騎神ならもう一騎きちんとあるぞ!」
 「それが、ちがうんですね」
 アト・フェムトは指を一本左右に振って見せた。
 「あれ、ハリボテですよ」
 「なんだって!?」
 「当初は確かに二騎出展の予定だったんですが、製造が間に合わなくてね。出来たの
は一騎だけ。もう一騎は単なるこけおどしのものだったんですよ」
 「じゃあ、あれは・・・・」
 「まあ、装甲板などは本来の物を使用していますから、売り払えば多少の収入にはな
るでしょうが、まったく新技術なんてありませんよ」
 「そんな・・・・」
 ザインはぺたりと床に座り込んだ。
 「今回は私も不本意な結果に終わってしまいましたよ、はは。本当は戦争回避のため
にアーミテイツとルーンとの技術均衡をねらっていたんですが」
 では、といってアト・フェムトは退散した。
 後にはただ、呆然としたザインだけが残されていた。

                                       *

 そのころ、ガーディスとカセルは、初期不良のために機関が暴走して完膚無きまでに
壊れてしまった騎神を持て余していた。
 二人は、今日も不幸であった。


                                       2

 月姫の存在意義とは、何か?
 そう聞かれた場合、神那に属する月姫である椎羅の答えは決まっている。
 「わたしは、月に奉仕し、人の役に立つためにいるのです」
 だが、ある月姫はこういった。
 「はたして、月姫の存在とは必要不可欠なものであろうや?」と。
 それに対する答えは、未だに椎羅の中には、ない。

                                       *

 「で、そのお話は本当のことですの?」
 椎羅は昼食の帝国風鳥の蒸し焼きをつつきながらたずねた。ほおにかかるしっとりと
したみどりなす黒髪の一房をかき揚げるその姿は、湖面に映った月の光にもたとえられ
る藍色の瞳とあいまって、月姫という種族のなかでもとびきり美しい部類にはいるだろ
う。だが、本人は特にそのことを気にしたことはない。容貌云々よりも、やるべき事に
目標を置いてきたのが椎羅である。今までの彼女の人生に悔いという物があれば、それ
は行動の結果が不幸な結末になることが多い、という一点のみであろう。
 その彼女の目の前に座って答えを返す娘も月姫らしく、椎羅には及ばないもののまあ
まあ魅力的だ。水菜、というのが彼女の名前であるが、そのゆったりとした性格のため
に得てして行動は椎羅の後手に回ることが多い。
 だが、今回の話はこの水菜が持ってきたものであった。
 「はい、私も噂で耳にしただけで姉妹達から直接聞いたわけではありませんし、きち
んと確認がとれたわけではないのですが、私の手元にあるお話をまとめて考えてみると、
けっこう確かな話だと思いますわ」
 唇に手を当てて考え込みながら、非常にゆっくりと返答した。水菜の話はたいがい長
く、そしてそのゆったりとした語り口のため話し終わるまでに他人の倍は時間がかかっ
てしまう。
 今回、二人が話しているのはティスのこと。以前、その特異な主義と、その成立の仕
方によりこのアクルックのみならずフィーラ全体を議論に巻き込んだ辺境にある小さな
集団のこと。そして、その成立に関わった者達によりルーンやアーミテイツ、神那まで
も巻き込んだ場所のこと。
 ティスが目指すものは、騎士も月姫も錬金術師もない人間だけの世界。少数の異能者
ではなく多数の一般人がおさめる世界。その場所は明らかにはされていない。だが、ど
のようにしてか持ち帰られた情報は、ティスの思想をほぼ忠実に伝えていた。現在を変
えようと言うものではない、ただ、そのときが来るまでじっと小さな芽を守り抜くため
の存在。そのために危険の多い辺境に住まい、一切の外界を遮断する。
 その意味では月姫と同じなのかもしれない、とかつてある月姫が語ったことばを彼女
たちは知らない。その日が来るのをただ待ち望み、自らは決して動かず、ひたすらにそ
の力を蓄えるのみ。だが片方は万民に対する希望、しかしてもう一方はなにを目指すの
か。
 「でも、本当におられるのかしら」自らに言い聞かせるかのように言葉を継ぐ。「創
立に関わった月姫・・・というのは当時の状況から見ておそらく姫神管理をされていた
妃女奈姉様。でも、妃女奈姉様はなぜか姫神を。それも原型をもって行方をくらました
まま。そしてティスへと至る」一つため息「でも、どれもこれも後から付け加えられた
憶測にしかすぎませんわ。正確にわかっていることはティスが成立したと思われる時期
と妃女奈姉様のお姿が見えなくなられた時期とが一致する、ということだけ」
 「そもそも、姫神というもの自体が本当に存在するかどうかがはっきりとはしないで
すし・・・。誰もそれを実際に見たひとはいませんし、神那の中で密やかにささやかれ
る単なる伝説なのかもしれませんわよ」
 「水菜の情報網にも引っかからないのでは本当にその存在自体が怪しいですわね。で
も、本当にそれが。妃女奈姉様でなくても月姫がティスの創立に関わり、そして現在テ
ィス内部での分裂を憂い、身を隠しているとしたら。これは見過ごすわけには行きませ
んわ」
 「どうするのですか、椎羅姉様。いいえ、どうなさりたいのですか。どうなされるに
せよ、私は姉様についていきますわ」
 「いいえ、水菜。愛しき月の姉妹。なにをするか、という問題ではないのです。なに
をなさねばならないか、そのためになにをする必要があるか。その姉妹を見つけだして、
その主義主張が納得できるものならば。わたしはなにをでもするでしょう」
 椎羅はしずかに微笑むと、水菜の両手をそっと握りしめた。
 「ですから、二人で探してみましょう。その姉様を」
 「・・・はい、よろこんで」


                                       3


 「まいりましたね・・・・」
 騎神の内部でオジオンは呟いた。
 何者にも侵されること無い力の象徴。ルーンの誇り、それが、騎神。ルーンが総力を
挙げて復活させた蒸気機関を利用した巨大な兵器。
 だが、その騎神を持ってしても目の前のものにはかなわないであろう。いや、かなう、
という遥か以前の問題である。目の前のものに対してオジオンは全く無力であった。
 純白に輝く機体、腰のあたりまでありそうな黒い髪。そして、優美な曲線の奥に隠さ
れた美しくも危険な瞳。身の丈は同じくらい、だがあくまで無骨な感じのする騎神とは
違ってそれはどこまでも美しかった。そして、いかに最新鋭といえども現在の騎神など
何の役にも立たぬと自然に納得してしまうだけの静かな威圧感。腰にはいた剣すらも優
美に陽光を反射している。
 そう、すべてはフィーラであの噂を聞いたときから始まったのだ。
 辺境にティスという国が出来た、と聞いたのはとある宿でであった。
 「新しい国ができたって? それもまだ厄介な奴らは住んでいないらしい。これこ
そ大儲けのチャンスだ。」オジオンは揉み手をしながら素早く頭をめぐらせた。「まず
は、土地だ。できるだけ早くそこへ行って出来る限り土地を買い占めなければ。うまく
すれば、その国を支配出来るぞ!」オジオンは二束三文の品をだまされやすい客に売っ
て、手に入れた大金を懐にすると、旅支度を整えた。「ああ、何人か腕の立つ人間を集
めなければ。さて、誰がよいかな?」
 と、まあこんな具合だ。
 それからしばらくして何人かの同行者が集まった。相棒が見つからないので暇を持て
余していたアーミテイツの騎士ファルコ・ハーツ。大剣を振り回す好奇心旺盛な女性騎
士バド。それぞれ何らかの理由を持ってティスに興味を持つ者達であった。
 しばらくは順調であった。2台のディハヌーに分乗して辺境をひた走るだけだった。
辺境ならではの脅威も数え切れないくらいあったが、騎士が二人に錬金術師が一人いれ
ば、たいていのことは切り抜けられた。
 だが、その順風満帆の旅もティスと思われる場所を見つけるまでであった。
 確かにティスはあった。確実な場所は特定できなかったが、代表者が向こうから話し
合いに来たのだ。
 しかし、それはただの人間であった。そればかりか彼らはオジオン達の存在を認めず、
滞在はおろかティスの中に入れるつもりさえ無いという。
 「われわれは人間のみの世界、騎士も錬金術師も月姫もいない世界、純粋に人間だけ
の世界を作っています」これが、彼らの代表が言った言葉だ。外界と隔絶し、密やかに
希望の種子を育て上げる。それこそがティスであり、外部からの干渉はいらないと。
 完全に情報不足だったのだ。フィーラに流布する噂をよく聞けば彼らの主旨もすくな
からず言及された、というより議論の元になったであろうに。誰にも先を越されないよ
う、抜け駆けをしようとして急いだ結論がこれであった。
 そして、いま。目の前には騎神とよぶには美しすぎる存在がある。
 ファルコが勇みたって騎神を出したりしなければ、あるいはそれなりに穏やかに終結
したのかもしれない。あるいはオジオンがはじめから騙そうという目的で来なければ。
あわよくば実力でもって全部の土地を買い占め(といっても辺境では誰も買わないだろ
うが)ようとしなければ。バドが自信たっぷりに騎神の数を頼みにして脅しをかけたり
しなければ。
 だが、それはすべて机上の空論。
 ティス(らしき場所)を荒らし回っていたファルコの騎神はそれが出現した瞬間に不
可知の方法で一撃の下にたおされていた。ファルコが無事かどうかは記すべがない。現
在バドとオジオンが乗る騎神は裏で手に入れたルーンの最新鋭3番騎だが、その鋼鉄の
内奥にいてもとうてい次の一撃を交わせるとは思えない。一方的に倒されるのがせいぜ
いであろう。しかし逃げるというのも論外だ。この方の騎神には錬金術師によって使用
可能な転移装置がついているが、それは起動に非常に込み入った複雑かつ精妙な操作を
要するため、この場面では役に立たない。当然ながら転身して直接逃げるのも無理だろ
う。
 そして、こちらの様子をうかがっていたそれが、オジオン達が動かないのを知ると、
すらりと腰の剣を抜いた。
 その後のことは、知るすべもない。


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Presented by SilverRain