3.「動き出した」ものたち
昔、遥か昔。
未だ世界が閉ざされる前の出来事。
そこにおりしは人間、ただの人間。
しかし、それは強大な文明という力を所有していた。
その力で空へ、月へ。
そして、発見したものは。粒子。
それは月を照らす光によって物質より飛び出し、重力に引かれ地上におりたつ。
それは、わずかずつなれども。
長い年月により中空にも相当の量あり。
それの特徴は意志。
強き人の思惟に反応し、それは現実を歪める。
ここで、一人の男が登場する。
彼はこれを人間の肉体機能そのものの延長として使わんとした。
はじめに出来たのは、素早き「戦士」
そして、かなりたってから出来たのが、現実の変容をする「魔術師」
それらの優人は戦闘の切り札として使われた。
その異なるものの投入により戦局は一変した。
だが、それは終結を早めたのではない。
より、おぞましき方向に歪めたのだ。
まさしく、その元となったもののように。
そしてやがて優人そのものの力の延長となる道具が創られた。
優人を核とし、優人を喰らって生きる平和製造器。
増えすぎた有益な害虫を狩る者達。
だが、その成果を待つことなく文明は墜落した。
その、愚かなる行ないによって。
力を失ったもの達は身を寄せあい、生き延びようとする。
あれから幾星霜たったのだろう。
再び害虫が世にはびこり、愚かな争いを繰り返している。
命は、今度こそ果たされなければならない。
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星詠亭奇談
第二部第三回
「動き出した」ものたち
Episode 1
[ティスへと至る道]
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玉鐘は困惑していた。場所は宿の相部屋の中、隅に置かれた卓の上を凝視したまま、
先ほどからずっとこうして立っている。フィーラ特有の砂を含んだ風が彼女の黒髪を揺
らし、砂が艶やかな毛に絡むが、それも今の彼女には関係ない。ただ、じっと一枚の紙
片を見つめているだけである。
「あのぉ」
見るに見かねたのか相部屋にいる他の月姫が声をかけたが、それでもやはり身じろぎ
もしない。
「……だと?」
「?」
しばらくして、微かなつぶやきではあったが反応があった。
「……『人間関係というものについて考察するため、しばらく旅にでます、探さない
で下さい』だと?」
鬼気迫る声におもわず月姫は後ずさりした。
「全く、冗談ではない!」
華奢な手が紙片をがしっとつかむと、そのまま勢いに任せて二つに引き裂いた。
「あの錬金術師、私がせっかく雇ってやろうというのに、なにをするか!」
呼吸は荒く、目は血走っている。
突然、玉鐘はくるっと振り向くと、そこに立ちすくんでいる月姫を見た。
「丁度いい、そなた」
「……はい……」
蛇ににらまれた蛙の如く、その月姫はひくっと一声出すとそのまま硬直してしまった。
「私の愚痴を少々聞いてもらえぬか?」
「はあ?」
「なに、聞いてくれるだけでよい、感想はいらぬ。ただ無性に腹が立っているので誰
かに話したいだけだ」
「……」
八つ当たりされる方はたまったものではない、と考える暇もなく、月姫は迫力に飲ま
れて思わず頷いてしまっていた。
「そうか、聞いてくれるか。感謝する。いや実はな……」
彼女、華月の受難はこうして始まった。
「つまり、男に捨てられた、ということね?」
それから数刻後、食事を囲んで二人は話していた。周囲には食べた食事に混じって多
少の酒瓶も転がっている。
「そこまでいうことはないであろ、単にちょっと忌避されただけだ」
「でも、逃げられたのは事実よね」ふふん、と華月は玉鐘をみすえた。その瞳は酔い
のせいか少々潤んでいる。一方玉鐘の方はといえば、同量程度しか飲んでいないはずなのに、こちらは半ば卓に突っ伏している。先ほどとは完全に立場は逆転しているようだ。
「大体正面から向かっていって無理矢理雇おうだなんて芸がなさすぎるわよ。そんな
ことじゃ逃げられて当然ね。ま、神那じゃ暴漢のあしらい方は教えても男の扱い方は教
なかったからしょうがないけど」
「ならば貴方ならばどうするというのだ?」
「私?」くいっと酒を飲んで。「私ならばもっと上手な手を使いますわよ。それこそ
那にいるときには想像もしなかったような手を使ってでも、ね」ふふ、と悪戯っぽく微
笑んでみせる。
「……苦労しているのだな」
「まさか、自然と身に付いてしまっただけよ。苦労なんてものじゃないわ。そうそう
……」華月は玉鐘の手を包み込むように握った。「どうして、錬金術師を雇おうなん
思ったの?」
「ティスに行こうと思っただけだ」
「ティスに、なにをしに?」
「何か、私でも手伝えることがあろかと思って。現在大国がティス討伐に向けて動い
ているであろ、それを防ぐために何か私にも出来ることがないか、と」
「ま、偶然!」華月はぱんと手を打ちならした。「私も丁度ティスを探している所な
の。ちょっと色々と考えることがあってね、どうしても姉様にあいたいのよ」
「姉様?」
「そんなことも知らないの?」
「神那では教えられなかったからな」軽く肩をすくめる。
「神那神那神那、神那がなにをするというの?神那なんて大したことはないわ」なに
かいいたそうな玉鐘を視線で制して「いいこと、玉鐘。神那はなにもしないわ。彼女た
ちは内にこもることを至上だと思ってるような人たちなの。今回だってそうでしょ、中
立を保つことで自分たちの安全を確保して、一人優越感に浸っている。そんなものなの
。そりゃ、姉様達には恩義もあるけど、神那という組織自体には別よ。神那の外で生き
ていこうと思うならば、神那のことは忘れなさい、姉妹達に頼らず、自分の力で情報を
集めて、自分の力で考えるの」
「……」
「玉鐘……」ふっと優しい瞳になると、つかんでいた手に指をゆっくりと絡ませた。
「あのね、ティスに行きましょう。その途中で色々と教えてあげる。そうして、ティ
スについたらもう一度考え直すの。神那の月姫としての玉鐘ではなく、単なる一個人
の玉鐘として。結論を出すのはそれからでいいわ」
「結論、出す必要があるのであろか?」
「ええ、あなたが暮らしていた世界は閉ざされていたの。ティスもまた閉ざされている、
けれどもそこには何か違いがあるはずよ、きっとね。閉ざされている世界を見て、この
広いファラレアを見て、それから自分に出来ることを探しましょ」
「華月はよいのか、私などが一緒に行っても」上目遣いでたずねる。
「ええ、よろしくお願いするわ。我が姉妹殿」
「……感謝する」
「莫迦ね、お願いするって言ってるでしょ」
やがて、卓に突っ伏したまま寝息を立て始めた玉鐘をみつめて華月は呟いた。
「ほんと、莫迦な子……」
*
翌日、華月は早速護衛も含めて同行するものを探し始めた。
「なぜ、人を集めるのだ?私たちだけでも十分だと思うが」
「フィーラをうろつくならね。でも、私たちだけじゃ辺境を行くには力不足なの」
こくん、と首を傾げる玉鐘に向けて続ける。
「いい、辺境はあなたが想像しているよりもずっと過酷な世界よ。これから私たちが行
こうとしているところは比較的危険の少ない荒れ地だけれど、ここでは思いも寄らないよ
うな危険がごまんとあるわ。
例えば嵐。気をつけていればさけられる、なんて思わないでね。辺境の嵐は突然できて、
そしてとんでもない早さで移動したかと思うと突然消えるの。まるで悪意を持って旅人を
襲うかのようにね。気をつけていればいい、じゃなくて常時気を張りつめていて、なにか
その気配があったら即座になりふり構わず逃げる、というくらいの心構えが必要なの。ま
あ月姫や錬金術師は結界さえはれれば、なんとかならないことは無いけど。
他にも突然変異した動物はうろついているわ、どこからともなく致命的な毒を持つ昆虫
や砂蛇が襲ってくるわ、慣れない人が行くところじゃないわ」
「そうか、大変なのだな……」
「そう、だから辺境になれている人、できれば護衛になってくれる騎士か錬金術師を探
すのが得策というわけ」
「騎士と?」
「そう、ここはフィーラよ。元の国は関係ないの。能力が全てだから。覚えておいて
ね」
「そう……か。私は本当に知るべき事をなにも知らないようだ。迷惑をかける」
「そうやってまたすぐに謝る。美点だけど、あまり感心しないわ」
「なぜだ?」
「ふふ、たまには自分で考えなさい。私はそれまで人を捜してくるから」
「そんな……」
「私だってアテもなしに探しているわけじゃないの。大丈夫、万事私に任せておきなさ
いって」
「で、僕に何のようなの、華月」
黄色い髪を無造作に掻き上げてその女騎士は言った。
卓の向かい側には華月と玉鐘が座っている。
「ケイルド、あなた、辺境に慣れているわよね。それにたしかティスへ行きたいってい
っ
てたはずよね?」
「確かにそういっていたよ。でも、まだ場所を特定できるほど情報がないし、十分な人
数もあつまらないんじゃなかったかな?」
「大丈夫、あたしたちも行くことにしたから」
華月はとっておきの笑みを浮かべた。
「そして、ティスの場所はこの玉鐘が知っているわ」
「なんだって!」
「え……私が、か?」
驚く二人に、ふふふ、と華月は悪戯っぽく微笑んだ。
「玉鐘、あなたティスから持ってきたものあるでしょ」
「私はなにも持ってきていないぞ」
「そうじゃなくて、神那発行の最新の地図持っているでしょ?」
「ああ、それならあるぞ」
玉鐘はごそごそと隠しから一枚の羊皮紙を取り出した。地図が書かれたその隅には神那
発行であることをしめす印がついている。
「で、これがどうかしたのかい?」
物珍しそうにケイルドがのぞき込んだ。
「ふふ、まずは私の持っている神那発行の地図と玉鐘の持っている地図を見比べてみて。
なにがかわっている?」
「こちらのほうが新しいのか……辺境がだいぶ詳しく書き込まれているな。未踏地だっ
たところがいくらか測量されたのだろう」
「国境についてはさして変化は無し、か。これがどうしたんだ?」
「よくみて。ここと、ここ。辺境のこの場所よ」
「……地形が」
「消えているな……踏破地が未踏地扱いになっている」
「ご名答!」
華月は今にも高笑いしそうなほど上機嫌になっている。
「さ、これで後は私が説明しなくてもいいわね。面倒くさいから、自分で考えなさい」
椅子を引いて優雅に座り直す。
「神那があえて地図に書き込んであったものを消した。つまり、そこには神那にとって
不都合な場所となったから。そして、現在神那にとって最も不都合な存在はティス、だか
ら辺境全部を探さなくても、この消去された範囲のみを探し回ればいい、というわけです
か。なるほど、これは気づきませんでしたねぇ」
第3者の声がわきから割り込んだ。
「なんだ、レフトか」
驚いた様子もなく、ケイルドの声はのんびりとしている。
驚く月姫二人に対し、レフトと呼ばれた錬金術師は軽く一礼して挨拶した。
「失礼、大変興味深い話をされていたようなので……」
「で、何のようなの。おひいさん達に振られた上解任された話なら聞き飽きたわよ」
のんびりとした声とは裏腹に、ケイルドの手は腰の剣にのびている。
「それとも華月達に声かけようっていうの?」
「いえいえ」
レフトはあくまでにこやかに答えた。
「よろしければ僕もティスに同行させていただけないかと思って……」
「なぜ?」
レフトは軽く肩をすくめた。
「君と同じですよ。ティスに興味があるんです、それじゃいけませんか?」
「……と、いってるけどどうする?」
ケイルドはきょとん、としてやりとりを見つめている二人にたずねた。
「私は……別にかまわないぞ。道連れは多い方が良さそうだ」
玉鐘はあっさりと答えた。
「確かに、錬金術師が加わるのはうれしいけど……でも」
「じゃ、話聞いちゃったし、切るほうがいいのかな?」
すらり、とケイルドは剣を半ばまで引き出した。
「そこまですることもないでしょう……」
華月は考え込んだ、しばしの沈黙。
「ケイルド、あなたの判断に任せるわ」
「と、いうわけだけど?」
ケイルドはレフトに剣を突きつけた。
「ちょ、ちょっと……」
レフトは思わず後ずさりしようとする。それをケイルドは軽く剣を動かしただけで制止
させた。
「嘘だよ。僕が頼みを断れないの知ってるくせに。歓迎するよ」
すっと剣を鞘に収める。
(……まだ、あのおひいさん達の方がましだった、かな?)
「何か言った?」
「いえいえ、なにもいってませんよ、僕は。さあ、じゃあ成功を祈っての乾杯と行きま
しょうか」
内心はともかく外見上レフトは冷静に、人数分の酒を追加注文した。
*
同時刻、外。酒場の内部を興味深げにうかがう占い師がいたかどうかは定かではない。
「で?」
彼女はたずねた。
「で、それがどうかしたのか?」
彼女の目の前にいる男はなにがおかしいのか薄笑いを浮かべる。
「いえ……貴女にもうついていく理由がない、と思いましてね」
妖しげな装束をばさりと翻して口元を隠す。
「ほう、では我の血肉になるのか。汝が連れてきた者達のように」
「いいえ、そのつもりもありません」
「では、どうするつもりなのだ。我が与えたものを使って我自身に立ち向かうか?」
「いいえ」
口元が隠されているが、その口元ははあいかわらず笑みを浮かべたままなのが彼女には
わかる。
「では、どうする。我の糧にならないならば、我の手足にならないならば、汝の存在す
る意味はないぞ」
それが、天地開闢からの決定事項で在るかのようにあっさりと彼女はいいはなつ。
「まあ、そうあせることもないでしょう。貴女には時間の概念はない。そして私には時
間そのものが残されていない」
「だからこそ、使ってみたのだがな。汝は我の血肉になるにはいささか弱すぎる」
「そうでしょうとも。だから、私は貴女の幇助を選んだ。世をかき回し、楽しむために
ね。たしかに、少しは楽しかったですよ。でも、それも昔の話」
「なぜだ」
彼女は問うた。
「現在の貴女には理解できないでしょう。核の貴女ならば理解できたでしょうが、それ
も昔の話。貴女には理解できないでしょう。もうすぐアーミテイツの軍がここに来る、私
が討ったルーンではなく、アーミテイツが。ここも遠からず見つかるでしょう」
「我が汝に言ったは違ったはずだが?」
「そうですね。確かにアーミテイツをと聞きました。だから、私はルーンを討ったんです」
「なぜだ」
再び彼女の問い。
「だから、貴女には理解できないでしょうと私はいいましたよ」
微かに笑みが深くなる。
「貴女は復活した、復活するべきではなかったのに。ここにいる、いるべきではないの
に。こうして在る、在ってはいけないのに」
一呼吸の間。
「騎神程度で十分なのに、貴女がでてきてはファラレアはどうしようもなく変わってし
まう。それも、おもしろくもない方向に」
「それが、汝の結論か?」
彼女はただ静かに言い渡した。
「ならば、我が出る。十分に喰らったとはいえぬが、再び外に出るくらいは出来る」
「確かに、アーミテイツの力では貴女に勝つことは出来ないでしょう」
男は衣装の隠しに手を入れた。
「でも、こういうものもある」
取り出したのは一つの釦。
「これを使えば、地下空洞は埋没します。貴女はなんともなくても、貴女の飼っている
者達は無事ではすまないでしょう」
「我は飼っているのではない、正しき道筋を保護しているだけだ」
「それが、貴女が絶対に人間を理解できない理由ですよ」
「汝には理解できまい」
「お互い様ですよ」
男は肩をすくめてみせた。
「では、汝は我になにを望むのだ?」
男は顔を上げて彼女を見上げた。彼女の顔のあるであろう位置を。次に、元の彼女自身
のいるであろう位置を。
「貴女とルーンに在るもの、両者の消滅を」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
星詠亭奇談
第二部第三回
「動き出した」ものたち
Episode 2
[つむじ風の中で]
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ハイデマリオは今日も孤独だった。
いつもと同じ酒場、いつもと同じ場所、いつもと同じ酒。そして、いつもと同じ顔ぶれ。
「……でよ、俺はそのばかでっかいやつらにつっこんでいったわけだ。でもやつの大き
さはこっちの10倍はあってよ〜、しかもそれが5体はいるんだぜ。いっくらこちらが最新
鋭だからってとうていかなうとは思えないくらいだったんだ。だがな、俺は勇敢に立ち向
かってだなぁ……」
反対側で話している酔っぱらいもいつものことだ。ファルコ・何とかというような名前
を聞いたような気もするが、覚えていない。初めてここに来たとき、彼の話しているのは
同程度の凄い相手一人だった。それが今では日を追うごとにどんどん巨大化して、数も増
えている。このまま行けば来週には、ルーン全軍に匹敵する強敵になるに違いない。
ハイデマリオが探しているのは、一人の男。彼を裏切り、敵対した愚かな錬金術師。名
前をヘクトと言ったが、おそらく偽名であろう。その男のおかげでハイデマリオは多くの
物を失った。
だが、いつか必ず見つけだしてみせる。
寂寥を朋とし、ハイデマリオは今日も孤独に酒を啜っていた。
「何か、悩んでるの?」
突然、ハイデマリオに声がかけられた。
「ごめんね、見ていてあんまり暗かったもんだから。あ、隣の席あいているよね」
そういってその声の主はさっさとハイデマリオの横に座った。
香樹、と名乗ったその女性はハイデマリオに向けて次々と遠慮ない質問を重ねてきた。
「……この場所は不干渉が原則のはずだが?」
さりげなく文句を言ってみても、梨の礫。
はじめはいちいちまじめに受け答えをしていたハイデマリオだが、だんだんと時間がた
つにつれていらだってきた。自然と口調も刺々しい物になる。
「いいかげんにしろ!」
切れたのは、香樹が隣に座ってやく半刻後の事であった。
「なんでおこってるの?」
その言葉すらハイデマリオにはうっとおしい。
「表へ出てもらおうか」
外へ香樹を引っぱり出すと、ハイデマリオはすらりと剣を抜いた。
*
廃物屋の親父は悩んでいた。
同じ型式の騎神が2機、しかも発表されたばかりのルーンの最新型。おまけに片方は壊
れているとはいえ、保護規定を全て解除されたお買い得品。もう片方も内装こそ旧式のでっ
ちあげなものの、外装はまさしく最新型。本来ならば何の疑問もなく手放しで喜んでし
まう所だが・・・・。
「で、ぼくの方の金額は決まったの・・・?」
「おいらの方が先っスよ。いくらぐらいになる?」
問題は、どれほどの値段を付けるかと言うことである。
まずハリボテの方から考えてみよう。基本的に内装は最小限の物しかないので、がらく
た同然。問題は外装だが、これは最新型ということもあり、従来の機体にはなかなか転用
しがたい。で、もう一つのほう。こちらは中身まで正真正銘の最新式だ。問題は初期故障
で壊れているらしく、そのままでは動かないと言うこと。ただし、騎神の価値は壊れてい
ると大幅に下がってほとんど屑物扱いになるから・・・・。
親父の思考はさらに進む。ハリボテの方の外装を流用してもう片方を修繕しようとして
も無理だ。問題は内部にあるのだから。それこそ錬金術組合工匠にでも持って行かない限
り直しようがない。この店が、裏専門の何でも屋でなければ、だが。現在の所ではこの騎
神を持っていることによる利点はさしてない。下手すればルーンににらまれてしまい、営
業活動のみならず自分の身柄自体が危うくなる。部品が出回るまで待てばそこそこの値で
売れるだろうが、そうなると今ほどの新奇性はないから買いたたかれてしまう。
だが、現在ではとりあえず最高の物品なのだ。欠点を別にすれば。
親父は頭の中で急速に原価計算すると、見積もりを両人に提示した。
「・・・っ!」
「これだけ・・・ッスか?」
親父の答えは素っ気ない。
「嫌なら、他の店持ってくんだな。うちは慈善事業じゃないんだ、危険料を見込んだら
それくらいになっちまうんだよ」
「・・・しかたがないな。それほど金に困っているわけではない。ぼくはそれで手を打
とう」
「ようし、商談成立だ!」
親父は成立の印にぱんと手を叩き、代金を支払った。
「で、そっちの錬金術師さんはどうする?」
「せめて・・・・」
男が示した値はこちらの腹中の見積もりを僅かに下回っていた。ほとんど儲けは出ない
だろうが、そう悲観した額でもない。
「ようし、それでいいだろう」
手を叩いて代金の用意をする。
「これからも何かあったときはよろしくな」
「まぁ、滅多にないでしょうが。覚えておくッスよ」
*
それから数週間後。
今日も今日とてハイデマリオに追いかけられ、必死に裏道を逃げ回る香樹の目に、巨大
な看板が見えた。
「本日新装開店、特価大売り出し中!」
以前は小さな店だったはずの場所に、豪華な構えの店が建っている。
まこと、騎神という物は莫大な利益を生むのである。